改憲の難しさ、あらためて 憲法調査会報告東京新聞社説)
 衆院憲法調査会が五年間の論議を集約した最終報告書を自民、公明、民主三党の賛成で議決し、河野洋平衆院議長に提出した。参院の調査会も来週最終報告書を提出する。
 憲法改正の発議権をもつ国会が、各政党が参加する調査会の報告書をまとめたことで、憲法論議は新しい段階に入る。
 報告書は論点ごとに「多数意見」という形で改憲の方向性を打ち出している。しかし、国民の関心が強く、かつ賛否が分かれる論点では政党間の意見の違いが目立ち、意見の併記にとどまった。
 このことは、改憲志向勢力が主流となった国会も、実際に憲法改正を発議するまでの道のりが相当に険しいという現実を逆に浮かび上がらせた。
 その意味では、報告書は憲法改正の方向をにじませた国会の最終的な論点整理であり、憲法をめぐる国民的論議を熟成させる出発点、あるいは一つの判断材料と考えたい。
 「改憲の難しさ」を象徴しているのは、長く憲法論争の焦点となってきた「九条」と、公共の福祉と個人の権利のありようにかかわる「国民の権利と義務」に関する議論経過と報告だ。
 九条については、戦争放棄の理念を堅持することで自衛隊自衛権の存在を明記することを「多数意見」として示しているが、改正の方向を明確に打ち出しているわけではない。とくに集団的自衛権の行使を容認するかどうかについては各党の意見の隔たりが大きく、三論併記の形にとどめざるを得なかった。
 集団的自衛権の行使については、自民党内でさえ異論や慎重論があり、党の改憲要綱でも明確な方向を打ち出せなかった。九条改正を目指す同党や民主党にとっても、改憲案づくりの最大の難関となるのは避けられない。
 国民の権利義務についても、環境権や知る権利など「新しい人権」の必要性を明記したものの、公共の福祉と個人の権利の関係は、両論が併記された。
 そこには「統治システムか、公権力の乱用をしばるルールか」という憲法のありように対する自民党民主党公明党憲法観の大きな相違がある。これは改憲するにしても、乗り越えなければならない最大の論点である。
 ともあれ憲法論議はこれを機に調査会から各政党の論議に戻ることになる。
 その際、戦後半世紀以上使いこなしてきた現行憲法に対する評価や、仮に改正するとすれば、なぜ変えるのか、どこをどう変えるのか、守らなければならないものは何か。各党はそれらを憲法上の主権者である国民にあらためて具体的に示す必要がある。
 国会の改憲への動きは、必ずしもまだ国民の意識とは重なっていない。しかし、改憲の是非について国民が判断と選択を迫られる時期がまた一歩近づいた。そのことを自覚するときである。

 社説:衆院憲法報告書 論点は絞られてきたが…
 衆院憲法調査会が、5年間の議論を集大成した最終報告書を出した。延べ450時間の議論で、あいまいだった改憲をめぐる論点が絞り込まれ、合意点と対立点を示した意義は大きい。今後の憲法論議はこの報告書がスタートラインとなる。
 しかし報告書を読んで改憲へのパワーを感じることができない。報告書を改憲へのステップにしたいという調査会の意図に反して、なぜ憲法を変えなければならないか、という動機付けがますます希薄になる皮肉な結果となった。現行憲法が深く国民に浸透するなかで、改憲推進派と慎重派の折り合える範囲は広がっている。最後に残った双方の越えがたい溝が「集団的自衛権の行使」の是非に絞られたことも示した。
 報告書は「多数意見」と「各論併記」に区分けしている。20人程度の発言があったテーマのうち、同じ趣旨の意見が3分の2以上のものを「多数意見」とした。この仕分けで多数意見のカゴに入ったテーマは、現行憲法に規定されているものを含め計29点におよぶ。
 安全保障のテーマ以外で、多数意見とされたのは、前文にわが国固有の歴史、伝統、文化を明記する▽天皇を「元首」として明記しない▽環境権、知る権利、プライバシー権の創設▽道州制の導入▽私学助成の合憲性の明記−−などである。
 しかし、指摘されたテーマは、憲法の条文で定めなければ困るというものでもない。解釈の幅を広げることや基本法の整備などで対応できそうなものが多い。あえて憲法改正しなければならない動機付けとは言えないだろう。
 問題は9条である。報告書は、戦争放棄の理念を規定した1項は堅持することを多数意見とした。だが、戦力の不保持を定めた2項は、具体的に言及せず「自衛権自衛隊について何らかの憲法上の措置を取ることを否定しない」と表現している。「措置を取る」と言い切るのと「取ることを否定しない」とのあいだには、深い溝がある。調査会は5年間議論してもその溝を残さなければならなかった。腰の引けたような文言から緊急な改憲の必要性を訴える力は感じられない。
 「各論併記」となった集団的自衛権の行使は(1)制限なしで認める23人(2)制限をつけて認める23人(3)認めない24人と、文字通り3分割されている。
 5年間の議論のあいだ、衆院選が2回行われ、衆院の勢力図は護憲派の共産、社民両党が衰退した。それを反映して、改憲論議を終始リードしたのは自民党だった。政権準備政党を任ずる民主党も、米同時多発テロイラク戦争など国際情勢の変化で、引っ張られるように自民党の後を追いかけた。
 だが、改憲を志向する自民、民主、公明3党のあいだでも、具体的な改正作業を念頭に議論を深めれば袋小路に入り込んでしまうだろう。最終報告書が出て改憲論議は次のステップに進む。しかし、当初の情熱は冷めてしまったように思える。(毎日新聞 2005年4月16日 2時25分)

 権力を行使する行政府に対して市民が一定の枠を設定することで市民社会の平和と安定を図る。それが憲法の理念である。