学力低下について、いくつかの記事。

 個人の能力に柔軟対応 PISA好成績のフィンランド
 アラビア総合学校3年生の国語の授業
 競争ではなく、達成度と柔軟性を重視した授業が、そこにあった。7日に公表された経済協力開発機構OECD)の国際的な学習到達度調査(PISA)で、全4分野のうち読解力と科学的応用力が1位、数学的応用力が2位、問題解決能力が3位だったフィンランドの小中学校では、落ちこぼれを作らず、一人ひとりの力に目を向けた教育が行われていた。義務教育で「世界一」の評価を受けるフィンランドで、その秘密を探った。
◆自分から特別授業選択
 ヘルシンキ市中心部に近いクルーヌハカ中学校。ヤリ・アルビオ先生(36)が教える2年生の数学では、1次方程式の基礎を学んでいた。先生が練習問題の答えを説明中だというのに、教室後方の女子が手招きすると、男子が席を立って近寄った。アルビオ先生は何も言わない。このクラスでは、わからないところがあったら、まずは生徒同士が教えることになっている。
 「一人ひとりが何ができて何ができないのかを自覚することが大事。出来ない子を教えれば、より理解を深められる」とアルビオ先生。フィンランドでは標準的な考え方だ。
 同国には学校や生徒をテストでランク付けする仕組みがない。現行制度では、高校進学に影響する中学3年の成績を除き、成績をつけるための明確な基準もない。
 数学が得意だというカッリ・コムシくんは「競争ではなく、自分がやりたくて、できるようになりたいから勉強している。数学が苦手な友達を助けてあげるのはいいこと」と話した。
 教室の最後方に座っていたラウラ・レフティラさんは昨年度、数学だけ別の教室で個別に特別授業を受けていた。クラスの学習進度についていけなかったため自ら希望した。「みんなと同じ大きな教室に戻ったときは少し戸惑ったけど、成績が上がったので良い選択をしたと思う」
 担当教師や子ども自身の判断で、子どもが別室へ移り、理解度にあわせた指導を受けるのはフィンランドでは一般的だ。指導は手が空いた他の教師が行う。入学時に国語、数学などで学習が遅れそうな児童を見つけ出し、早めに対策をとっている小学校もある。
◆週11コマ、教科を決めず
 94年に教育の目標や内容の決定権が国から地方に移され、国は大まかなカリキュラムを示すだけだ。学習が遅れた子どもへの特別授業は慣習だったが、06年度から施行される新カリキュラムでは制度化される。
 新カリキュラムでは、義務教育の小中一貫化も明確にされた。小中に分かれていた教師の人材を集め、より効率的な学校運営ができるようになる。原案段階では学習内容を高度にし、評価方法をきめ細かくしようとしていたが、教育現場の反対で実現しなかった。
 ヘルシンキ市の再開発地域で02年に新設されたアラビア総合学校は、モデル校として新カリキュラムを先行導入。すでに小中一貫になっている。
 3年生のクラス担任、ミッコ・アウティオ先生(40)は、自分のクラスで英語(3年から必修)、音楽、宗教を教えない代わり、4年生の技術、5年の英語、8年(中学2年)の体育を教える。「教師が話し合い、得意な分野を生かし、苦手なところを補うようにしている」
 新カリキュラムでも、教科書の選択を含め、現場の教師が学習内容を決める。アウティオ先生が授業の組み立て方を説明した。
 「できるだけ子どもたちの生活と学習を関連させる。国語なら読み書きの正確さより、読んだ文章について考え、感想や意見をどう表現するかに重点を置く」
 アウティオ先生のクラスの時間割りには「X」のマークがついている。1週間25時間のうち11時間。この時間はあらかじめ教科を決めず、学習の進み方などにあわせてどの教科に使うかを決めている。金曜日は5時間すべてがXだった。
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〈PISAとフィンランド〉 15歳が対象で今回が2回目。フィンランドは読解力が1位だった3年前の第1回に続いて好成績だった。
 同国教育委員会は数学、科学の成績がそれぞれ第1回より向上した理由として、96年に始まった「数学・自然科学における技術向上プロジェクト」の影響をあげる。企業やメディアを巻き込んで、数学、科学への関心を高め、小学校の教師でも数学を専門に教える資格を取れば特別給が加算される制度ができた。
 フィンランドの7〜14歳児の総標準授業時間は、01年のOECD調査によると、加盟国で最短だった。
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◇雇用良くして優秀な教師確保し、教育環境維持 教育相
 トゥーラ・ハータイネン教育相にフィンランドの教育について聞いた。
 ――PISAの感想は
 「前回も1位だった読解力の1位は予想したが、数学、科学でも上位に入ったのは驚いた」
 ――フィンランドの教育の強みは
 「平等が原則だが、子どもがみな一様に扱われることはない。能力が劣ったり、社会環境が恵まれない子には支援がある。教師は修士課程修了が原則。さらに国の予算で継続教育をし、教師の質の向上に努めている」
 ――国の財政は潤沢でないが、この教育環境をどう維持するのか
 「教育関係の予算規模はOECDの平均値。それでもPISAで好結果だから、必ずしも金だけの問題ではない。財政に余裕が出てくれば、課題に財源を向けたい」
 ――課題とは
 「教師に大きな裁量があるので、能力の高い人材が必要だ。今後、退職を迎える教員が増えるのでその補充もしなければならない。現状では優秀な学生が大学の教育学部に集まるが、今後は他分野に進む若者が増えるはず。教職をいかに魅力的な仕事にするかが重要だ。給与水準の引き上げ。非常勤講師を減らして終身雇用を増やす。教師の継続的な教育機会を設ける。こうした施策によって将来も優秀な教師を確保したい」(朝日新聞12/20)

 睡眠不足で学力低下
 「学力低下の根本原因は、ゆとり教育ではありません。睡眠不足です」。広島県尾道市立土堂(つちどう)小の陰山英男校長(46)は、11月に開かれた来年度入学生の保護者説明会で断言した。「百ます計算」などの反復練習の普及で知られる陰山校長は、早寝早起きなどきちんとした生活習慣が身に着いていないことが、学力低下の根本原因になっていると説いた。(丸山 謙一)
 ◆「百ます計算」の陰山英男校長が仮説
 2日間続けて、土堂小の体育館で開かれた説明会。初日には、約50人の保護者が集まった。
 「私は土堂小の1年間で、学力低下に決着を付けたと考えています」。陰山校長は熱っぽく語り始めた。
 土堂小は、地域の声を学校運営に反映させるコミュニティースクールの実験校に、文部科学省から指定されている。校長を公募して、兵庫県の公立小教諭だった陰山校長が昨年度着任。計算、漢字の反復練習や英語などの独自教科を試行している。学区に関係なく、市内どこからでも通える。
 陰山校長は、パソコンを駆使して、学力テスト、ソフトボール投げ、50メートル走、不登校の数など、様々なデータをスクリーンに映しながら、自説を披露した。「この20年間で低下したのは、学力だけではありません。体力も気力も、生きる力そのものが落ちています。では、いつからどうしてこうなってしまったのかを考えましょう」
 ●点差くっきり
 陰山校長は、85年ごろと93年ごろに、体力や不登校、校内暴力のデータが同時に2段階で変動していると指摘して論を進めた。
 まず、85年前後の時代背景として挙げたのが、アジアの生産力拡大による安いテレビの普及だ。「さらに、子どもたちの生活を一変させるある商品が発売されました」と述べて、任天堂の「ファミコン」を紹介。ゲームソフト「ドラゴンクエスト三」の発売(88年)も、「歴史的事件」と位置づけた。
 同時にレンタルビデオ店の急拡大も重なり、「子どもたちの睡眠時間が急速に減少したことが推測される」との仮説を提示した。
 引き込まれる父母に、陰山教諭はたたみかける。「学力低下と睡眠不足を結びつける画期的なデータが、広島県教委から公表されました」
 県内の5年生を対象に昨年6月に調査したところ、5時間睡眠の子は学力テストの平均点が国語62点、算数66点。ほぼ睡眠時間と比例して点が上がり、9時間の子は国語70点、算数74点だった。「現場で薄々感じてきたことが、裏付けられた」と陰山校長は言い切った。
 ●「ゆとり」の誤解
 元気を失っていた子どもに、90年代の「ゆとり教育」が訪れた。「自ら学び自ら考えることを重視するのはいいが、読み書き計算をきちんとさせることが忌み嫌われ、子どもが『しんどい』と言ったら、やらせなくなった」と陰山校長。
 これに、95年ごろからパソコンや携帯電話の普及が重なり、2段階目の変動が起きた、と分析した。「学ぶ土台がない子に、百ます計算や漢字学習をやっても、嫌がるだけ」
 うなずく保護者たちに、陰山校長は全国の学力診断で土堂小の平均偏差値が、1年間で国語が5・6ポイント上がって59・5、算数が6・8ポイント上がって59・7に達したと報告。
 実は、陰山校長が昨年度強調し続けたのは、「早寝早起き、朝ご飯をきちんと食べること、テレビは1日2時間以内」の3つだった。
 保護者もこれに応え、土堂小では今年5月の調査で、6年生でも70%が午後10時までに寝ていた。テレビの時間も、6年生の70%が2時間以内。家での勉強時間は、7割弱が1時間半以下と、意外に短かった。
 陰山校長は、「学力向上は学校だけではできません。家庭と一緒の作業です」と話を結んだ。(2004年12月20日 読売新聞)

 産経新聞2004.12.19■考えよう子供とテレビ 「言語発達に影響」議論噴出
 NHK研調査 因果関係は“?”小児科2学会 乳幼児には危険
 テレビの視聴と子供の言語発達との関係についての議論が噴出している。今年初め、小児科医で構成する二つの学会が相次いで「乳幼児に過剰にテレビを見せないで」との見解を発表した。一方で番組制作側のNHK放送文化研究所は十月、「テレビ視聴時間よりも、外遊びや絵本を読む時間が影響する」との調査結果をまとめ、両学会にやんわり反論した。子供とテレビのほどよい距離感について、あなたはどう考えますか。(田中万紀)
 幼児番組はOK?
 NHK研は川崎市の幼児千二百五十人を対象に、テレビ・ビデオの視聴と成長・発達の関係について、平成十四年度から調査を開始。十月に中間報告として、ゼロ−一歳の結果を公表した。
 それによると、「ついているだけ」を含めてゼロ歳時にテレビ視聴時間が長い子供は、あまり見ない子供に比べ、一歳になったときに意味を理解できる単語が少なかった。視聴時間が長い子供は二百五十一語しか分からないのに対し、短い子供は二百六十三語を理解した。
 ところが、内容を幼児教育番組に限定すると、よく見る一歳児は百五十六語を表現できるのに対し、そうでない子供は百二十一語しか表現できなかった。「教育番組ならテレビを見てもよい」ともとれるデータだ。もっとも両者の言語能力の差は大きくはなく、NHK研では「このデータだけでは、テレビ視聴と言葉の発達に因果関係があるかどうかはっきりしない」と結論付けた。
 しかし一連の調査では、さらに興味深い結果が得られた。テレビ視聴よりも言語発達に影響を与えるのは、絵本読み聞かせの頻度と、外遊びの時間だった=グラフ下。外遊びが平均より長い子供や、絵本を読んでもらう時間が長い子供は、そうでない子供に比べて意味が分かる単語が多かった。特に絵本読み聞かせと言語発達には明らかな相関関係があった。
 NHK研ではテレビ視聴が子供の言語発達にとっていいか悪いかは明言しなかったが、「テレビよりも外で遊んだり絵本を読む方が言葉の発達には重要」とは言えそうだ。
 テレビはダメ!
 一方で、小児科関係の二学会は「低年齢児にあまりテレビを見せないで」と主張している。日本小児科医会は▽二歳までのテレビ視聴は控える▽授乳中、食事中の視聴はやめる▽ビデオやテレビゲームを含むメディア接触時間は一日二時間まで−など五項目を提言。日本小児科学会も、時間制限こそ具体的に示していないが、「二歳以下の子供には長時間テレビ・ビデオを見せないで」と訴えた。
 小児科学会は同時に、(1)言葉の遅れや無表情を理由に受診する子供のうち、テレビの長時間視聴をやめると改善するケースが少なくない(2)テレビを四時間以上見る子供は、言葉の遅れの発生率が高い−との独自の調査結果を発表。「乳幼児の長時間視聴には危険が伴うことを親は認識すべきだ」と訴えた。
 反論もあるが…
 もちろん、このような“テレビ悪玉論”には、反発もある。日本小児神経学会では、「言語の遅れがメディアの影響という科学的根拠はない。わが子の発達の遅れはテレビを見せたせいだろうかと、親に不安を与えるだけ」と、因果関係を断定的に論じることに批判的だ。
 テレビはすでに日常生活と切り離せないものになっているだけに、子供とテレビの付き合い方をめぐる議論は終息しそうにない。子供のテレビ視聴の時間や方法は、親がどんな番組をどのくらい見ているかに左右されることも多いだけに、子供ばかりでなく家族全員がメディアとのかかわり方を再考する必要がありそうだ。
 ■時間の区切りを
 鈴木みゆき・聖徳大学助教授(保育学)の話 「子供の遅寝にはテレビがかかわっていることが多く、テレビは言語の発達以外にも、さまざまな方面で影響を与えている。一方的に見るのではなく、親と一緒に視聴するとしても幼児の場合はある程度時間を区切る必要があるのではないか」