朝日新聞の社説。12月18日付

 ■新幹線着工――真冬の夜の悪夢
 整備新幹線の新規3区間の着工が決まった。北海道線の新青森から新函館、北陸線の富山から金沢、それに九州線長崎ルートの武雄温泉から諫早だ。
 その夜、夢の中に20年後の日本からタイムスリップしてきた歴史家と称する人物が現れ、語りだした。
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 新幹線はとうとう札幌と鹿児島が1本で結ばれ、北陸線も東京から大阪までつながりましたよ。でも人口は減り続け、バラ色の需要予測などどこへやら。豪華列車に客の姿はまばらで、走れば走るほど赤字がかさみます。
 思えば、04年暮れの予算査定が引き返す最後のチャンスでした。そのころ工事中だった九州線の博多−新八代などは、まだ大都市圏に近く、経済効果も見込めたでしょう。ここに予算を集中して、新しい着工は見送るべきでした。
 なにがなんでも造ってしまおう。与党と政府は、毎年JRから入ってくる新幹線の売却代金を担保に借金することまでしましたね。あれは90年代の初めだったでしょうか。東海道新幹線などは国が持っていたのですが、JRが買い取ることになり、代金は毎年720億円余の60年分割払いになったのです。
 それだけではありません。北海道線と北陸線ができれば、JR東日本も「棚からぼた餅」でもうかるだろうから、金を出せというのです。
 考えてもみてください。旧国鉄の巨額の借金のうち、24兆円が国の一般会計に移され、みんなの税金で返しています。新幹線を売った金にしてもJR東日本の増益分にしても、国民の負担を軽くするために使われるべきでした。
 着工のやり方もずるがしこかった。金沢から福井までの線路は後回しにしても福井の駅だけは造っておく。後戻りさせないための悪知恵ですよ。
 いま2025年。日本はどうなっていると思いますか。
 10年ほど前に政府の借金残高は1千兆円を突破し、家庭も収入以上に消費し、貯金も底をつきました。国の赤字を埋めるため、海外から借金するありさまで、金利も上がるばかりです。消費税が25%になったのは何年前のことでしたっけ。物価は高く、景気は悪いままです。
 そうそう、3区間に予算がついた04年といえば、「改革」を掲げた小泉純一郎さんが首相で、公共事業も構造改革が叫ばれていました。
 でも、採算の不確かな新幹線予算が無理やりひねり出される一方で、道路予算はガソリン税などの特定財源に守られて揺るがなかった。新幹線を急ぐなら、せめてその地域の道路建設はやめるべきだった。もう後の祭りですが……。
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 歴史家の後ろ姿を追ううちに目が覚めた。いやな夢は忘れるに限るが、政府・与党が決めた予算案をみるとそうはいかない。恐ろしい将来にまた一歩近づいたとしか思えない。