毎日新聞9日の夕刊の記事。 

 暮らしWORLD:米大統領選から1カ月余り 後遺症に揺れる米社会
 ◇「選挙後ストレス症候群」なる言葉も
 共和党ブッシュ大統領が再選された米大統領選から1カ月余り。民主党のケリー氏支持者の敗北のショックは大きく、国外脱出を決めたり、リベラル色の強い海岸州の分離独立を主張する人などが現れた。無力感などの症状に悩む人も多く、「選挙後ストレス症候群(PESTS)」なる言葉も生まれている。後遺症に揺れる米社会をリポートする。【ロサンゼルス國枝すみれ、写真も】
 ◇「リベラル州分離も必要」
 ★国外脱出
 得票率はブッシュ氏51%、ケリー氏48%で、米国社会を二分した戦いだった。ブッシュ大統領が再選を決めた直後、民主党支持者らの間に2種類の電子メールが駆け巡った。一つは、「あと4年! 5900万人はどうしてそんなにバカなのか」と見出しを掲げた英「ミラー」紙のコピー。もう一つは、民主党支持の西部、北東部州がカナダに加わった「カナダ合衆国」と、共和党支持の南部、中部州の「ジーザスランド(神の国)」に分離した「北米新地図」だ。地図には「モラルの問題だといえば、赤い州も我々が離れていくことを許してくれるだろう」と添え書きがある。
 ニューメキシコ州は今年、青(民主党支持)から赤(共和党支持)にくら替えした。同州ラスクルセスのジョアナ・ハーマンさん(62)は、ニュージーランドへの移住を考えている。「米国が嫌いなわけではないが、進む方向が間違っている。保守派が提案しているのは神権政治。今の米国はローマ帝国の末期のよう」と嘆いた。
 ワシントン州シアトルの同性愛者エリック・トムさん(46)は、11州で同性結婚を禁じる住民投票が可決されたことにショックを受けた。車で数時間北上すれば、リベラルな政治風土で知られ、同性結婚も一部で合法のカナダだ。「この国では歓迎されていないと感じる」と話すトムさんは、パートナーの退職を機にカナダに移住するつもりだ。
 カナダのトロントにある雑誌社が作った「米国人と結婚しよう」サイトには、選挙後2週間で米国から50万件のアクセスが殺到した。ジョイス・バーン社長(35)は「冗談サイトなのに、カナダ人の結婚相手を本気で探す米国人がアクセスしてくる」と説明する。急増する米国人の要望に応じ、将来的にはインターネット上でチャット(会話)ができるように改造するつもりだが、今はアクセス数が多すぎて、サイトのアップだけでも手にあまる状態だという。
 ★合衆国分裂?
 カリフォルニア州サンタバーバラのジェフリー・モリセットさん(45)は11月8日、カリフォルニア独立構想を提案するサイトを立ち上げ、1週間で約5500人のアクセスを集めた。同州の経済規模は世界6位。合衆国から分離しても十分やっていけるというモリセットさんは「我々リベラルは現状に満足していないという意思を全米に明確に表明すべきだ。このまま保守化が進むなら、リベラル州の分離も必要だ」と大まじめだ。
 モリセットさんの不満の原因は、米経済をけん引するカリフォルニアやニューヨークなど、民主党支持の青い州の富が、税金として連邦政府に吸い上げられ、補助金として赤い州に分配されている現実にある。「我々が養っているのに、政治には赤い州の意見ばかりが反映される。自分が必死に稼いだ金を、乱費家の妻に勝手に使われたような気分だ」と怒る。
 ★妙案は?
 選挙後、多くの民主党支持者は一種のうつ状態に陥った。ショックから立ち直れず、怒り、無力感、孤立感、悲しみの症状を訴える。メディアは「PESTS」と名づけた。
 リベラルな地区として全米に知られるカリフォルニア州オークランド精神分析医のオードリー・カフカさんは、診療中の民主党支持の患者たちが選挙後に無力感や孤立感を訴えるのに気づいた。多くの人は肉親が死亡するなど自分の力でどうしようもない外部的なストレス要因に見舞われると、一時うつ的症状を示すが、時間の経過と実現可能な目標を持つことで、次第に乗り越えていく。カフカさんは民主党支持者もそうしたプロセスをたどると分析。患者には「社会の進む方向に不満だからといって、あなたが不幸に感じる必要はない」と助言している。
 実際、傷ついた民主党支持者たちはそろそろと一歩を踏み出した。民主党政治団体「ムーブ・オン」の集会が11月21日、全米約1500カ所で一斉に開かれ、約1万8000人が参加した。4年後の選挙を見据え、巻き返し戦略を話し合うためだ。
 投票の83%がケリー票だったサンフランシスコ郡。ゴールデンゲートを見下ろす高台にあるアパートには21人が集まった。「本当にがっくり。無力感を感じる」。参加者の女性が自己紹介の最中に泣き出した。まさしくPESTSの症状だ。
 集会では、事実をゆがめて伝えるテレビ番組のボイコットや有名人候補者の起用のほか、「公民権運動のコーナーストーンは教会の支持を取り付けたこと。教会を味方にしないとだめだ」などの多くの意見が出た。フィリップ・クロフォードさん(55)は「民主党は中、南部へメッセージを送らなかった。環境など彼らの生活にもかかわる問題を前面に押し出すべきだ」。クリスティーン・デイさん(58)は「共和党選挙制度を知り尽くしている。我々も地方政府レベルから勉強し直さないと」と、しきりに反省していた。
 これぞ打開策という妙案は出てこない。話し合いが終わって結果をインプットすると、インターネットが全米の集会の結果を集計し始めた。最も支持された戦略は「明確で進歩的なメッセージ」。これが戦略といえるのか。そもそも、保守的な赤い州で「進歩的メッセージ」は受け入れられるのか−−。疑問をぶつけると、ロブ・コスティンさん(44)は「そんなに高い期待を持って、集会に参加したわけではないから」と応じた。「選挙後、どうしてブッシュ氏がこんなに支持を得たのか理解できず、社会から切り離されたような寂しさを味わった。政治集会に初めて参加して、少し希望が見えた」
 民主党支持者の悩みは深い。